振り返る、オアシスの時代

1990年代に10代前半から20代前半だった僕たちにとって、30年前の1960年代は遠い昔の話だった。白黒テレビに映るキング牧師の演説、ケネディ大統領、冷戦のピークを象徴するキューバ危機、長引くベトナム戦争、日本の高度経済成長を象徴する東京オリンピックの開催や新幹線の開通、学生運動、そして、絶頂期だったビートルズやローリング・ストーンズ。

舞台からみた観客

僕たちの90年代はまったく違う時代だった。インターネットや携帯電話が急速に普及し、冷戦は終結し、日本経済はバブル崩壊から凋落していった。1960年代とは程遠い時代だった。

だが、2026年の今から見ると、1990年代はもう30年前だ。僕たちがあの頃に思ったように、今の若い人は1990年代を遠い昔の話のように感じることだろう。湾岸戦争、アパルトヘイトの終焉、発足したばかりのEU、阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件、ブラウン管テレビとレンタルビデオ、街中にあふれるタバコの煙、セクハラやパワハラ対策が十分に制度化されていなかった社会、そして、絶頂期だったOasis。

Oasisは90年代を代表するロックバンドだった。普段、洋楽を聴かない人にとっても、あまりに有名なバンドだった。当時の僕は、UKロックが好きだと言ったときに、「Oasis?」と聞かれることが嫌だった。実際には、僕の家にはOasisのCDが何枚かあったが、相手の理解できるカテゴリーにひとくくりにされることに反射的な抵抗を感じたのだ。

全体主義やそれを彷彿とさせるものへの反発が色濃かった1960年代とは違って、僕らの世代には、そうした政治的な感覚はすでに薄れていたはずだ。それでも、ベトナム戦争反対のデモであれ、長嶋茂雄や力道山のようなヒーローへの応援であれ、多くの人が肩を組んで同じメッセージを叫ぼうとする集団的な熱狂というか、そこに生まれる無意識の同調圧力のようなものが僕は苦手だ。時代背景にこじつけることもできるかもしれないが、理由は単に僕が若く自意識過剰だっただけなのだろう。

ビートルズに憧れていた、僕よりも少し上の世代の、曲を作る兄のノエル・ギャラガーとボーカルの弟リアム・ギャラガーは、マンチェスターの労働者階級の家庭で育った。2人を中心とするバンドは1990年代に世界的な成功を収める。だが、成功するにつれて兄弟はいがみ合うようになった。

世界的なロックバンドとして頂点に立ち、共通の敵がいなくなったからだろうか。お互いの違いを尊重する多様性の時代にはまだ早かったからだろうか。それとも、ロックバンドとはそもそもそういう宿命なのだろうか。あるいは、単に彼らがまだ若かっただけなのか。舞台裏での兄弟の激しい言い争いはファンではなくても有名だった。彼らの確執は修復しがたく、結局Oasisは2009年に解散することになる。

2024年のある日、あるバーで飲んでいたところ、Oasisが再結成して2025年には日本でもライブをするという話を聞いて仰天した。あの兄弟が仲直り?解散から15年経った今になって?まさか。だが、結末はまだわからない。実際のライブの日までにまた仲違いを起こして、結局復活ライブもキャンセルになるかもしれない。と僕らは笑った。

それでも、彼らが再び同じステージに立つということには、単なる懐かしさとは違う感慨があった。かつてあれほどいがみ合っていた兄弟が、長い時間を経て再び一緒の舞台で演奏する。同じ時代生きた彼らが過ごした時間と、僕たち自身が過ごした時間が重なり合って、再結成は特別な感情を呼び起こしたのだ。

僕らがまだ若かった90年代、ローリング・ストーンズが来日するというニュースは、僕にとって特別なものではなかった。レジェンドのおじさんバンドに、おじさんたちが興奮している、というような冷めた見方だった。今の若い人は、Oasisの再結成をどう見るだろうか。ある意味で歳をとった者の特権として、素直に昔を懐かしんでいればいいと言われれば、それまでだが。

あらゆる知覚はすでに記憶であり、現在とは過去が未来を侵食していく捉えがたい進行なのだと、ベルクソンは『物質と記憶』で述べている。音楽が呼び起こす感情や、思い出す景色が人それぞれ違うように、僕にとってもOasisは複雑で特別な存在だ。