印象派、ナチュラルワイン、赤と黒、変わるもとの変わらないもの

クロード・モネの作品「印象・日の出」は、そのあまりの斬新な試みのため、サロンの多くの人々を驚かせ、困惑させた。サロンの審査基準を無視するこの馬鹿げた連中はいったい何なんだ?ほんとに、こんなのを芸術だと思っているのか?批評家のルイ・ルロワは皮肉を込めてこう言った。あれは絵画なんかじゃない。単なるImpression(印象)だ、と。

ヴァンナチュール

ヴァンナチュール

 

 

19世紀のフランスの芸術家にとって、サロンの評価は致命的に重要だった。当時の審査基準によると、筆跡の残るこの絵は、完成された絵画と認められなかった。また、風景画は確立されたばかりで、宗教画、歴史画、人物画とは比較にならないほど「格下の絵画」だった。のちに多くの人に絶賛されるこの名画は、当時の価値観では絵画にさえ値しなかったのだ。

歴史を通して変わるものと変わらないものがある。アート、音楽、哲学、政治思想はそれぞれ変容したが、現状の価値観の継続を前提とするものと、それにチャレンジするものとの対立はずっと同じだ。いつしか僕らが狂ったチャレンジを目の当たりにしたときには自問しなければならない。はたして、馬鹿げているのはこの新しいチャレンジか、それとも自分が正しいと信じていた古い価値観なのかと。

マルセル・ラピエールが1980年代のフランスで、S02や化学肥料を使わずにナチュラルなワインを作ろうとしたとき、その考え方に多くのワイン関係者を驚愕させた。S02を使わない古典回帰的なワイン醸造は当時たしかに狂気の沙汰だった。

その昔、自然派ワインは存在しなかった。なぜなら、全てのワインは自然派ワインだったからだ。だが、第二次世界大戦以降、労働力の低下と衰退したワイン造りにおいて、化学肥料、近代技術、添加物などの薬品は救世主のように扱われた。ワイン造りのあらゆる工程は効率化され、出来栄えは安定化し、味も風味も長持ちした。それらは科学の進歩がもたらした改善といえた。

もちろん、それには代償がある。代表的な添加物であるS02は、酸化や雑菌の増殖を抑える代わりに、人体には有害だ。WHOによれば、一日あたりの許容摂取量は、体重10kgあたり7mgである。どれほどの人がその有害物質の量に注意してきただろうか?だが、立ち止まって、そのデメリットについて考える時間をほとんどの人にはあたえられなかった。誰であれ効率を重要視する資本主義の拡大再生産の流れに抗うことは難しかったのだ。

今ではナチュラルワインはブームになり、一時的な流行ではなくはっきりとしたプレゼンスを確保したように思われる。東京でもナチュラルワイン専門店は増え、多くのビストロやワインバーでも扱われるようになった。このブームは行き過ぎた貨幣経済のスピードを見直す動きと無関係ではないだろう。大きな変化とは、あらゆるジャンルで、しかも同時多発的に起こるものだ。のちに評価されるほとんどの変化は、誰かが仕掛けたものというよりは、大きな流れに引き起こされ移り変わる評価の結果に過ぎない。

しかし、既存の秩序は、それがサロンであれブルジョワジーであれ寡占企業群であれ、新しく起こっている変化に対しては不寛容なものだ。そうでなければ、スタンダール「赤と黒」のジュリアンのような人物は存在し得ない。フランス・ロワールの自然派の造り手クロード・クロトワはINAOと喧嘩を繰り返している。キュベによっては、自由なワインを作るためにあえてAOCを名乗らない。その姿勢はもしかするとフランスワインをより大きく動かす事になるかもしれない。そのような姿勢をロックだと評価するナチュールファンも多い。

ナチュラルワインを好む人は、オーガニックを大切にする姿勢というよりは、その既存秩序を動かした独特のカルチャーを支持するという人が多いように思う。そして、その動きは、ますます拡大しつつある。スタイルへの評価が、ものへの評価を後押しし、それがやがて新たな秩序になることは度々起こる。変化とは得てしてそういうものだ。オルタナティブという音楽ジャンルは、既存の商業主義的なロックに変わりうるもの(オルタナティブ)というアンチテーゼから名付けられた。だが、皮肉にも、一つのジャンルとして定着し、商業的に大成功した。世の中には変わるものと変わらないものがあるのだ。

上の写真はフランスボジョレーの造り手クリストフ パカレのワインのエチケットだ。この赤と黒のエチケットにある表情は何に対するどんな感情を意味しているのだろうか。そのワインを評価するとして一体なにをどう評価するのだろうか。それは、ワインの味の味だろうか、それとも単なるその印象だろうか。それは変わりうるものだろうか、それとも変わらないものだろうか。絶対的なものさしはどこにもない。頼れるのは、それぞれの人が自分の中にもつスタイルだけなんじゃないかと思う。

ゆえに、僕らepulorは、ナチュラルワインも飲んでほしいワインとして扱っています。ひとつの非専門店として。

“シャネルはスタイル。流行は移り変わっても、スタイルは永遠。”ココ・シャネル