9月 08日 音楽好きの人は一度、ミュージックバーやジャズ喫茶を試してほしい。ライブとデジタルの間、レコードによるアナログ空間の心地よさ。
昭和生まれの僕が初めてちゃんと音楽に興味を持った小学生の頃、多くの人は主にレコードやカセットテープで音楽を聴いていた。CD、ましてやipodも普及してない頃、レコードプレーヤーは普通に家庭に鎮座していて、児童向け雑誌の付録には、子供向けの歌が入った7インチのカラーレコードが付録として付いていたものだ。
その年頃の男の子は、オーディオやカメラや望遠鏡なんかに興味を持ち出すものであり、僕もそれぞれに一定の興味はあったが、特に音楽やオーディオに興味をもった。何故か、その時はウーハーの付いたケンウッドのオーディオに憧れていて、何かのご褒美で親から買ってもらった時はとても嬉しかったものだ。僕が中学に入る前くらい、CDが世に普及してきた。デジタル化した音楽は便利に軽量化し、僕も迷わず、諸手を挙げて歓迎し、迷うことなくそれを享受した。CDは文字通りコンパクトであり、デジタル化した情報はアナログレコードのように劣化しないということだった。
大学に入って東京に来た。夜な夜な友人とクラブに行った。毎週のように渋谷のシスコレコードやマンハッタンレコードに行き、レコードで音楽を買った。当時は絶妙な頭出しやスクラッチやスピード調整などが、アナログレコードでしかできなかったので、DJはみんなレコードで音楽を買っていたのだ。当時はとりたてて意識していなかったが、家にターンテブルのDJブースがあり、渋谷にレコードをあさりに行くのは、音楽好きとしてある種のステータスだったのかもしれない。CDによるDJ機器が世に出始めたのもその頃からだったが、僕はそれを買わなかった。理由はいまでもわからない。もしかしたら、アナログを捨ててはいけないのだという直感がそのときにあったのかもしれない。
フジロックのようなフェスが始まったのも、ちょうどその頃だったように思う。クラブかライブで音楽を楽しみ、家では流しっぱなしで好きなCDで音楽を聴いた。テクノなどのダンスミュージック、UKロック、オルタナティブ、渋谷系、90年代のバンドの邦楽を聴いてた頃はジャズ喫茶には行ったことがなかった。
それから時間が経過し、当たり前の事だけど、僕も歳をとった。いつのまにかクラブにもライブにもほとんど行かなくなった。昔の音楽を流すのは好きだったけど、仕事やその他の雑多なものに忙殺された。それが自分の歳のせいなのか、世の中の流れなのかはわからない。自分の生きる世界を正しく客観視する事は、とりもなおさず難しいものだ。CDはすでに時代遅れになり、ほとんどの人はスマートフォンから音楽を聴くようになった。音楽は再生途中で広告を提供される代わりに、ほとんど無料で享受できるようになった。それがミュージシャンやそのファンにとってよかったのかどうかはわからない。わかるのは、誰にとっても、その大きな流れに抗うことは難しいということだ。
レコードバーの楽しみがあるということを知ったのは、ごく最近のことだ。ゆっくり座ってジャズや古いロックの音楽を聴き、ウィスキーのオンザロックを飲んだ。ブルーノートやコットンクラブにも行き、ニューヨークに行った時はビレッジバンガードに感動した僕でも、恵比寿にあるレコードバーの感動はかなりのものだった。アナログレコード、真空管アンプ、ハイエンドスピーカーの音の良さは、心を打つほどに迫力がある。音質の違いがある一線超えると非連続な昇華となり、それは新たな音楽体験になった。いつも聞き慣れた音楽が全く違うものになったとき、僕はただ、すげえ、と衝撃を受けたものだ。
ややノスタルジックな前置きが長くなってしまったが、僕の言いたいことは一つ、音楽好きな人は一度、ジャズ喫茶やレコードバー、ミュージックバーに行ってみてほしいということだ。僕と同じような音楽遍歴をたどった人もいれば、全く異なる人もいるかも知れない。でも、音楽を愛しているという共通の価値観があり、もしまだ経験がないのなら、是非ともそれを経験してほしいと思う。もちろん、epulorに来てもらえたら嬉しいけど、他の店でも全然構わない。人が一つ一つレコードを選び、針を置き、流れ出す音楽の、その素晴らしい音に包み込まれる心地よさを、僕はより多くの人に知ってほしいのだ。
音楽に関する進歩というのは、ずっと軽量化・手軽さ、という進歩だった。カセットやレコードからCDになりMDからipadになりついに携帯スマートフォンのアプリになった。場所を取らずに、自分で店に行ってお小遣いを使って買いに行かなくても、スマホを操作すれば手に入るようになった。なんなら、人工知能が次の曲をおすすめしてくれる。もちろん、それは進歩といえた。依然として、ライブやフェスがあり、生音を楽しめる場所もあるので、音楽の楽しみ方がデジタルなものに限られているわけではない。ただ、僕は、デジタルとライブの間に、軽量化・手軽さを全く無視した、とても居心地のいいアナログという空間があるのだということを、知ってほしいし、ぜひとも体験してほしいと思う。
epulorでは、ジャズもロックもファンクもクラシックも邦楽も、古いものから新しいものまで、幅広く置いてある。LUXMANや上杉研究所の真空管アンプとTannoyのスピーカーから流れるレコードの音質は、とても柔らかく、立体感のある音の広がりを感じてくれるのではないかと思う。レコードやアンプやスピーカーは場所を取り、曲を選ぶのも、曲を変えるのも、とても手間がかかるけど、今の時代にそこまですることの意味を少しでも、感じてもらえると嬉しいです。
アナログの、音のいい空間で、会いましょう。